子どもの頃のこと

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いびつな家族なりのバランス

私には母親と遊んだ記憶がありません。今、娘とは自分の得意なことで遊べていますが、それは祖母が母の代わりに楽しい思い出をくれたからでした。
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家族ごっこの写真

私は子どもの頃の写真が大嫌い。楽しい日常ではなかったから表情も硬く、痩せて貧相な顔立ちの子どもでした。春休み帰省した時に元凶である母に酷いことを言われたのですが、このことから母の本質を知ることが出来ました。
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意外なところで後遺症

ある日突然、当たり前のように出来ていた掛け算九九が出来なくなった娘。(小4)一見コントのような親子喧嘩から予想外の結果になりました。
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不幸ぐせ

昔親に言われた言葉が呪縛のようにとり付いて、今でも自分に自信がない。自分が好きじゃない。そしていつの間にか、気付かない間に幸せを遠ざけているかもしれないお話です。
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変だということに気づかない怖さ

子どもの頃からずっと私を悩ませている顎関節症。母の虐待の陰に隠れて治療が遅れて、悪化しました。日々、虐待を受けているとそれに慣れ、適応し、自分の置かれている状況がおかしいと思えなくなってきます。
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幼児教室の呪縛(じゅばく)

親や先生からの「ラベリング効果」によって、できる事もできなくなってしまう恐ろしさがあります。子どもにこそ、思慮深い言葉をかけてあげたいと思います。
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吐き気が止まらない!幼児期の『自家中毒』とは?

小学校低学年くらいまで、2か月に1度くらい自家中毒にかかっていた時期がありました。母から受ける躾がストレスで、小さかったので辛いということが言えず、そういった体調の変化でしか自分を表現できませんでした。
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古びた育児書から知ったこと

子どもの頃、超絶偏食だった私。母をイラつかせ、よく叩かれながら食事をしていました。食事が恐怖に感じていたくらいでしたが、その経験が自分の子育てに活かせました。
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誰かの傷の深さと比べちゃいけない

若いころ、友人の身の上話を聞いて「こんなことを虐待と言う私は甘い・弱い」と感じ、より一層我慢と平気なフリをしようと思ったお話です。実際は傷の大小は関係ありませんでした。
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分からないことっていけないことなのか

24歳で私を産み、自分とはタイプの違う娘の私に、育て方がわからないから自分がされてきたこと、やって来たことをそのまま教育として施してきた母。しかし私がいつも思っていたことは「わたしはあなたじゃない。」
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子どもの頃の抜毛症

現在の娘の年齢が、子どもの頃一番母からの暴力・暴言受けた頃と重なって、最近昔の事をよく思い出します。母親の「教育」や「良かれと思って」という言葉で苦しめられた頃、抜毛症に苦しみました。
2021.02.09
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みっともないから止めてちょうだい

子どもは虐待を受けていても大好きな人の為に我慢をしたりして頑張っています。また、親の教育に一貫性がないと、顔色を伺って生きることが得意な子どもになります。
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突然異常なまでに怒り出した母『間欠性爆発障害』とは?

私が子どもの頃の母は、よく瞬間湯沸かし器のように怒り、いわゆるキレたら止まらない人でした。大人になってからあの頃の母は「間欠性爆発障害」という障害であったのではないかと気づきました。
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将来の夢が素直に描ける素晴らしさ

将来の夢という娘の宿題に、自分が子どもの頃の事を思い出しました。私は正直に自分の将来の夢が書けない子でした。
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【トラウマにしない為に大切なこと】身近に起こりうるPTSD②

生きづらさを感じていたら、回復のためにやってほしいことをまとめました。
2021.01.20
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