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家族ごっこの写真

PTSD
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春休み期間中、娘にせがまれ久しぶりに実家へ行きました。去年の夏以来かな・・・。

以前、みに先生が「Meisuiさんに暴力と暴言を投げつけていたお母さんがどんな方なのかお顔を見てみたいわ。」と言っていたので家族写真を借りてくることにしました。母にはさすがに理由は言えなかったので、

「昔の写真を見せたい人が居るので貸してほしい」と話すと、

「ああ、あの貧相で可愛くない子どもの写真ね。アハハ~!良いわよ!」

ですって。

大嫌いな家族の集合写真

あなたがそれを言うのか。

実際、その七五三の集合写真に写っている私は姫さまのようなお着物と(かんざし)をつけているのにもかかわらず、貧相で無表情です。

私の後ろにはプレッシャーをかけてくる母が立っています。

痩せて、(ほほ)は子供らしからずこけていて、光のない眼と目の下にはクマ。

私とは正反対に色白でほんのりと赤く染まった(ほほ)(あで)やかな笑みを浮かべて写っている母。

写真屋さんに笑ってと言われてもこの後、また母に何を言われ、何をされるのかを考えるだけで身構えてしまい笑って写真を撮るなんて出来ませんでした。

毎日、母の暴力と暴言をただ受けるだけだった小さかったの頃の写真を見て「何で?! どうして?! 謝ってよ!!」心に押し込んで来た感情が込み上げて来ます。でも、娘の手前、それをグッと飲み、平気をよそおい実家での時間を過ごして帰って来ました。

自分は今こんなに苦しんでいるのに

家族全員で撮った私の7歳の七五三の写真。

私にとっては「仲良し家族ごっこの撮影会」に付き合わされたにすぎず、実のところそれは

「本当にあった痛くて、怖くて、苦しくて、辛い記録写真」です。

この写真を誰かに見せれば大体が、「お母さん、とっても綺麗ね。」

「綺麗な着物。裕福で幸せだったのね。」

という反応。お節介な人からは、「こんなに恵まれてるんだから、笑顔で映らなきゃだめよ~。」

「あなたにとっては、この恵まれた環境は特別なことではないのね。()(まま)よ~。」

なんて言われることもありました。

言われると、内心(くや)しくてたまらなかったです。

(・・・何も知らないくせに。本当の事は言いたいけど言っちゃいけないんだよ。)

家族しか知らないところで、(しつけ)と称して、怒鳴って、私を叩いていた母。

自分の思い通りにならないと(なぐ)って分からせようとした母。

体裁を保つために容赦なく私を()めた母。それなのに、

あの(・・)綺麗(・・・)()よく(・・)()()つく(・・)お母さん(・・・・・)、あんなに頑張って子どもを育てているのに、あの子には母親の努力が届かないんだな~。」

そんな風に理解されていた事がとても辛かったのを思い出してしまいました。

そして、ごく最近の娘を怒鳴ってしまった“九九事件”。(過去記事:意外なところで後遺症

「今、そのせいで自分は正しい親子関係がわからず、怒鳴ってしまっただけでも罪悪感に(とら)われているくらいなのに!!」そう思うと、どこにも当てどころのない怒りとやるせなさでひとり、夜中に号泣してしまいました。

(母は、私にヒドイことをしたと何一つ思っていないのか・・・・・。)

子どもを犠牲にしてまで母が求めていたもの

授業が終わってからみに先生にはその写真を見てもらいました。案の定、

『お母さん、すごい美人ね。』『あなたは幸薄そうな顔をしてるわね・・・。』

そう言われて、(・・・ああ、やっぱりね。)なんてちょっと落ち込んだのですが、

『でも、お母さんは綺麗なだけ、それだけよ。料理も上手で家事が出来て、近所づきあいもそつなく出来たでしょうがそれは全部自分のためだったのね。

子供に愛や優しさを知らない表情をさせるくらいだもの。見る人が見れば分かるわよ。お母さんは、自分が周りに評価されたかったのね。』

そう続けられて、驚きました。(・・・そうかもしれない。)

『それと、お母さんのしていることは“代理ミュンヒハウゼン症候群”に似てるわね。周囲から見たら大変だと思えるような環境に()えて身を置いて、人から同情や称賛が欲しいのよ。』

頑張ってる私を見て!

少し前にもニュースになりました。

自分の子どもにわざと病気やけがをさせて、甲斐甲斐しく世話をする母親を演じ、人の注目を浴びたいと虐待を繰り返していた、そんな事件があったと思います。

私は確かにケガや病気にはされなかったけれど、何をしても

「あんたはダメだ。」

「私がいないと何もできないの?恥ずかしくないの?」

「バカなんだから黙って私の言うことを聞いてればいいの。」

色々な暴言を言われ続けていましたが、結局の所、私を(おとし)めて、

『出来の悪い娘を持っても子育てを頑張っている母親』を母は演じていたかったんだ!

そう思うと納得がいってしまいました。

(参考サイト様: 代理ミュンヒハウゼン症候群(MSBP)とは? 症状・診断・原因と対処法を紹介 | 障害者と企業をつなぐ就労支援・障害者雇用のTRYZEメディア

他にも『自営業の一人息子の所に遠くから嫁いできた若くて綺麗でデキるお嫁さん』

『クセのつよい舅・姑とも上手く付き合っている、気が利く健気なお嫁さん』

そんな風にも思われたかったのだと思います。

私の居場所は今の家・今の家族

母の本質を知ってしまうと、正直「そんなつまらない事のために?」

「子どもを犠牲にしてまで世間体って大切?」「子どもより子どもじゃん・・・。」

そんな風に思えて、真剣に悩み、一人夜中に号泣した自分がバカらしくなりました。

ホントに私の涙と睡眠時間を返して欲しい・・・。🙄

あの写真を撮ったころの私の生活は、やっぱり家族ごっこだったことは(まぎ)れもない事実で、大人になってからも、親子であって親子ではないような立ち位置だった自分を歯がゆく思っていましたが、自分の家庭と家を手に入れた今では

「そんなこと、もうどうでもいいや。馬鹿らしい!」

今回の出来事がきっかけでそう思えるようになりました。

そしてもうひとつ、今回の帰省で気づいた事。

父もあの母を否定せず、いつも母の味方で、暴力や暴言を(いさ)めてくれることはありませんでした。

私をかばうこともなく、傍観していただけの父ですが、母とは本当に仲がいいのです。以前、義実家で同居をしていた頃、義母さんのあまりのわがままぶりを父に相談した時、忘れられない一言を言われました。

『あと10年ちょっともしたら姑も死ぬから大丈夫だ。』

確かにそうかもしれないけど、私はその10年ほどを苦手な相手がいつか亡くなることを希望にして生きていくようでなんだか・・・。きれいごとかもしれませんが、そう思いながら義母と暮らしていくのは「生活を守るためであっても幸せではないな・・・。」と違和感を覚えました。

しかし父はそうして生きてきたのでしょう。

そして今両親は、親を全員看取り、2人静かな老後を満喫しているのだと思います。

やっぱり両親とは価値観が全く違うんだ・・・。

たとえ家族ごっこでもなじめなくて当然だったのだと思います。

これからは、今の自分の家族を大切にして、

何か必要な時にだけ手を差し伸べあえる距離感でいよう。    

そんな気持ちになりました。

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