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幼児教室の呪縛(じゅばく)

PTSD
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おそらく、幼稚園入園前だったと思います。

私の実家の周辺は今でこそ、地方都市で栄えていますが、40年前なんて何もなく、その頃唯一あった大手スーパー。そこによく買い物に行っていたのを覚えています。

その今でいうところのショッピングモールのようなところに入っている、幼児教室で3歳ころに知能テストをしたことがあったんです。もちろん教育熱心な母の希望で受けたのですが、母にしたら衝撃的なことを言われたらしいのです。

それは

「お宅のお子さんには算数の才能がまったくありません。」

ウチの子は算数の才能が全くない

今の私が聞けば「はいはい、どうせ不安を(あお)って入会してもらいたいんでしょ。」

なんて思えるし、40年前のセールスなので今こんな方法で勧誘をしたらクレームだろうなあなんて思うのですが、何しろウチの母、冗談が通じないし良くも悪くも無知で素直。💦

なので真に受けてしまったらしく、

「あ、うちの子算数が全くダメなんだ・・・」と思い込んでしまったようです。

かといってそう言われたのも面白くなかったらしく、プライドが邪魔して幼児教室にも入れなかったのですが、以後私が成長し、ことあるごとに私が算数や数学であまりテストで良い点が取れないと、

「3歳の時からそういう結果出てるからね。おまえは算数が全くダメなのよね。」

「やっぱり幼児教育やらせればよかったわね~。もう手遅れねえ~。」

そういって「あなたは算数が出来ない」ということを刷り込みのように言い続けていました。

以後、算数恐怖症に

当時3歳の私の能力をそのまま鵜呑みにして、言い続ける母もおかしいのですが、子どもであった私には大人の言うことは正しいと思ってしまいます。

特に親だけでなく、幼児教室の先生までそういうのだから本当にダメなのだろうと、私は算数が嫌いと言う次元を超えて拒絶。恐怖症のようになっていきました。

それに加えて定規で殴られて円形脱毛症になるくらいの母の厳しい指導もあります。大学受験になっても数学は本当に苦痛でしかありませんでした。(過去記事→「子どもの頃の抜毛症」)

算数ができないレッテルを自分で貼ってしまった

「ラベリング効果」というものがあります。

それは周囲から勝手な固定概念や先入観だけでラベリング(印象を固定化させる)されると、人は貼られたレッテルのように行動してしまう心理効果だそうです。

それが私の場合、悪い方向に働き、「算数の才能がない私」になってしまいました。

それ以外にも、母から言われ続けた、「のろま」「気が利かない」「何もできない」など、そういった負の言葉を言われ続けるほど、自分はそうだと思い込み、自分の可能性もつぶしていったと思います。

大人になって気づく「愛のない言葉」のちから

確かに算数の延長線上にある中高生の数学までいくと、今でもわからなくなってしまいますが、幼児教室の先生や母が言うほど、算数は苦手じゃないのでは?と最近娘の計算ドリルを見て感じました。

暗算だってある程度できますし、割引の計算や空間図形、パソコンもエクセルなどは得意な方なので、私はただ母と幼児教室の先生の「愛のない言葉」に縛られていただけかも?と気づきました。

心が純粋な人ほど(特に子ども)こちらが何気なく発した言葉でも、良くも悪くも真摯に受け止め、「自分より経験豊富な人が言うからそうなんだ・・・。」と自分が思うより影響力を発揮していることがあります。

そう理解すると、より良い、丁寧な言葉をかけてあげないと!と思えますよね。誰に対しても、可能性をつぶす言葉より、沢山の可能性を見出せるような言葉を遣っていきたいです。

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PTSD子どもの頃のこと
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楪~yuzuriha~

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