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誰かの傷の深さと比べちゃいけない

PTSD
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私の地元の友達に『はなちゃん』という子がいます。

はなちゃんは、学生時代に夏休みのアルバイト先で友達になった子で、今でも付き合いのある同じ中学校や高校以外の友達は彼女だけです。はなちゃんは最初から明るくフレンドリー、そして屈託のない子で、すぐに仲良くなりました。

それは今も変わらず、たまに会えば元気を貰います。

そんなはなちゃんですが、彼女には私以上に辛い生い立ちがありました。

さらに上を行く虐待を知って

はなちゃんは2歳の時に父親の浮気が原因で、母親と生き別れています。当時は、はなちゃんの他に生まれてすぐの妹もいたのですが、浮気相手を選んだ夫に苦労させてやろうと、子ども2人を夫のもとに置いて母親は出て行ってしまったとのこと。

そして、彼女の父親はその後離婚再婚を7度繰り返し、その度に彼女は継母たちから虐待を受けて来ました。2つ下の妹は2度目の再婚の継母になつき、離婚するときに継母に連れて行かれ、妹ともそのまま生き別れたそうです。

そして彼女が社会に出て働き、給料を貰うようになると、慰謝料に困った父親が彼女の所にお金を無心に来るように。会社からの帰宅時を狙って自分の一人暮らしのアパートの前で張り込まれ、怖くなって電話してきた彼女を何度かウチに泊めたこともありました。

それに比べて私は甘い

いつも明るい彼女から、この話を聞いたときは本当にびっくりしました。その彼女のフレンドリーなところ、明るさと屈託のなさは、辛い環境を生き抜くための処世術だったのかもしれないと気づくと、切なさと自分に恥ずかしさを覚えました。

恥ずかしさの理由は

「ウチごときの母親の暴力や暴言で虐待だなんて、こんなことで傷ついてる私は甘いし、弱い。」

そう感じてしまったからでした。

そして、当時の私は親の希望に沿うことが親孝行であり、親の言う通りにすることがあの家でうまく立ち回るための処世術だと思いそうしていました。そこに自分より大変な生い立ちを聞き、こんなことくらい辛抱できないでどうすると、平気なフリをより一層強めました。

実際傷の大小は関係なかった

結婚をし、子どもを産み、母になった私はどうやらちゃんと傷ついていたようでした。手放しで喜んで子どもを抱けず、自分も母親のように叱り、怒鳴り、殴りながら子育てをしてしまうのではないかという不安。

少しも大丈夫ではありませんでした。

そしてはなちゃんも今同じように結婚をし、子どもを育てていますが、やはり彼女もたまに自分と向き合いながら子育てを頑張っているようです。

彼女と私にはそれぞれ種類の違う虐待を受け、違った痛みや辛さを受けただけで、それによるトラウマがあることには違いはありません。

不幸比べではなかったのだと思います。

どんなことであれ辛かったことに間違いはないのだから、そのように主張してよかったのだと、いまさらですが気づかせてもらいました。

受け取り方、感じ方は人それぞれ

一見比べてしまえば、傷ついたことに対して昔の私のように「こんなこと大したことじゃない」と言う人もいるでしょう。しかし大切なのは本人がどう捉え、どう感じるかだと思います。

そしてもし本音で、辛い、痛い、もう嫌だ、そんな言葉が出てしまっても、決して弱いわけでも甘いわけでもありません。

自分が感じる素直な気持ちをずっと我慢して押し込めてきたからこそ出せた本音だと思います。

そんなときは、自分がダメだとは思わずに

「こんなになるまでよく堪えたなあ。」

そうやって生きてきた自分をいたわって、今までしてこなかった分、自分がしたいことをする人生にできたらと思います。

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PTSD 子どもの頃のこと
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楪~yuzuriha~

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