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分からないことっていけないことなのか

PTSD
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母は24歳で私を産みました。

生家から遠く離れた義家族との同居生活で、義家族に気を遣いながら慣れない子育てをしていた、と思います。

以前「昔、お母さんは私を叩いてばっかりで辛かったよ~。」なんて、本音をさらけ出した時のこと。

母は、「大学を卒業してから、社会に出ることもなく専業主婦になり、どう子どもを育てて良いかよくわからないから、自分がしてきたこと、されてきたことを全て子どもにやった」

と、昔を振り返ってそう言っていました。

戦後生まれの教育ですから悪いことをすればゲンコツで(しか)られたのでしょうか。

母自身は勉強も運動も出来て、ハキハキとした学級委員タイプの子どもだったらしく、自分から出てきたから私もそうなると思ったのでしょうか。

その母なりの正解だと思う自分の子どもの頃の姿に、私を当てはめることが正しいことだと信じたようです。

私にとったらゲンコツと暴言の躾(?)というより恐怖と感じられましたが、母本人は母が良いと思う教育の限りを私につくしたのです。

母は、今、めげずに生きる私に向かって、「なんとかなってよかったわね~」と、他人事のように言っています。実際はなんとかなって、というより自分で何とかしてきたんですけどね~。💦

母には分からないのでしょうね~。💦

今回は親がしてきたことを子どもに望むということを考えてみました。

ただわからないから自分と同じことをする・させる

本人が話しているように、私を産んですぐの若かった母は本当にどう育てて良いのかわからなかったのでしょう。自分が得意なこと、出来ること、そして出来たらいいだろうなあと思うことを私に片っぱしからさせてきたと思います。

私の2,3歳の頃の記憶です。

ビービー泣いて、何もできないと母は余計殴ります。当時の私には何故、こんなにも母が殴り怒ることが分かりませんでした。やさしく教えてくれることなく、さらに泣いていると、家事の合間に様子を見に来ては、状況が変わっていないとグズ、バカ、のろまなど暴言を吐いて、げんこつやビンタをしてまた家事に戻って行きます。

2歳の子に何がわかるのでしょうか・・・。大人になり娘を出産した私は、最初は娘を愛おしく抱っこすることができませんでした。

私はあなたじゃない

自分がしてきたこと、されてきたことをお手本に子どもを育てていくこと自体はいけない事ではないと思います。もちろん、良いことだってあるはずです。自分が得意なことであれば教えてあげることもできますし。

しかしその時代に適していることやそれぞれの環境、子ども本人の個性はすべて違っています。自分から生まれてきても、子どもは自分と似たタイプの人間とは限らないし、そもそも自分のコピー人間を作るのが子育てではないと思います

今だから親に思うことは「私の個性を認めてほしかった」そのことに尽きます。

親が望む親孝行を強いられた青春時代

自分が中学生くらいになってから、自分の進路に対して親が100%介入するようになってきました。

母は自分の希望通りに私が育つことを望んでいて、私もその希望に沿うようにしていました。

そうしないと母の子どもでいられなくなるからです。

あるとき、母とけんかになって「子どもは黙って親の言うことを聞いてればいいの。親の言うことは敬って聞きなさい。」と言われたことがあります。

今思い出しても過去私が一番ブチ切れた言葉です。

それに対して「そういうなら、まずアンタが敬いたいと思う親になってくれよ!」と応戦しました。

親とは違ったしあわせを掴みたい

以前みに先生に親孝行ってどんなこと?って聞いたことがありました。

その時に『親にできなかった事をする』と答えられたと思うのですが、これは単純に親の夢や希望をかなえてあげることとは違います。

より掘り下げて言うと『そのままの自分の姿で、自分自身がしあわせに生きること』だと思いました。

果たして、私を育てていた時の母はしあわせだったのでしょうか?義家族、近所の人など周りの人から良く見られ、自分は評価されたい。出来の良い子を育てて、スゴイ母だと思われたい。そういう思いにとらわれていたように感じます。

自分自身がそのままの姿で、本当にしあわせな生き方をしていれば、

誰かのせいでこうなった!とか、

あれがないとしあわせになれない!とか、

こんな自分ではいけない・・・・。とか、

こうでなければ人から認められない・・・。などとあがき苦しむことはありません。

そのままの自分の姿でしあわせを感じとる力があれば自然と親に対してありがとうの心が芽生(めば)えてくるのではと思いました。

私も母のように暴力と暴言で子供に接してしまうのでは

これまで私は、母がそうだったように私も母からされた子育てをしてしまうのではないかと不安と(おび)えをいだいていました。だって、生まれたばかりの娘を抱っこすることに戸惑とまどいを感じたくらいでしたから。

しかし子供に対して、育てにくさを感じた時は、自分の力不足では決してありません

2歳の時の私がわからなかったように、大人であっても本当に分からないだけなのです

そして、分からないことはいけないことではありません

その時は迷わずにその道のエキスパートや身近な人でも良いです。いろいろな人に頼って子育ての方法を教わればよいと思います

母からされたことは怒りと苦しみだけではなく、「自分とは違う子供の可能性を大切にしたい」「どんなにささいなことでも子供が出来たことはスゴイ!と()めてあげたい!」という新たな思いを産み出してくれました。

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PTSD子どもの頃のこと
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楪~yuzuriha~

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