スポンサーリンク

みっともないから止めてちょうだい

PTSD
スポンサーリンク

私はおばあちゃん子です。

正確にはおばあちゃん子というレベルではなく、同じ家に母が居ながら、母以上に祖母が私の母でした。母は、祖母に私を取られたと言っていたけれど、それにしても母はすぐ怒鳴り、私に手をあげるから今思えば祖母は私を母から引き離してくれていたんじゃないかと思います。

同居していたから母も大変だったのかもしれないけど、父も母が私を怒鳴って叩いているのを知っていながら止めない人でした。たまにこんなことを聞きますが、私は両親にとっての「どうしても愛せない子ども」だったのだと思います。

おそらく私への教育という名の虐待は、核家族だったなら児相か警察にお世話になってたんじゃないかと思うくらい、理不尽なものでした。それでも祖母・祖父が居てくれたからそこまでに至らずに済んだのだと思います。きっとアンバランスな親子関係でも家庭全体でどうにか均衡は保てていたから今があるのでしょう。

そんな恩がある祖父母なのですが、だからこそ子どもながらに頑張って耐えて、心配させてはいけないと思うようになったきっかけの言葉があります。それが祖母の

「みっともないから止めてちょうだい」

という言葉でした。

子どもながらに思った「これはいけない事」

私が幼稚園の年長位だったと思います。教育熱心だった母は、歯医者の待ち時間に当時習っていたピアノの譜面を書く宿題をそこで私にさせていました。勿論出来ないと怒鳴りながら、叩きながらです。私も泣きながら宿題をしていました。それを会計の顧問先のお客さんがたまたま居合わせて見ていたようで、後日祖父母の耳に入り、母は注意を受けました。

「外でそんなことしないで。みっともないから止めてちょうだい。」

それは祖母が母に向けて言った言葉だということは理解できました。しかし、子どもながらにも自分が出来ないでいるから歯科の待合室に来てまで怒られ叩かれ恥ずかしいという気持ちと、怒鳴って公共の場でキレまくっている母を恥ずかしいと思う気持ちがあったのを覚えています。じゃあ見えないところでだったらいいの?という思いもありました。

でも大好きな祖母が「みっともないからやめてほしい」と言っていることだから、これからは我慢しようと思ってしまったことが始まりでした。

以後、外では手をあげなくなった母

祖父母に言われたことが効いたのでしょうか。以後母が外で私に手をあげることはありませんでした。しかし、家の中では今まで通り。私も成長していく中で、より周りの空気を読むようになってしまい、親の望むようにふるまうことを覚えます。

だってうちはおじいちゃんが酔っぱらってただでさえ近所に迷惑をかけてるから。

会計事務所という商売をしていてトラブルがあると看板に傷がつくから。

母は周囲に良妻賢母である体裁を保ちたいのだろうから私は暴力・暴言を受けている素振りさえ見せちゃいけない。

自分も勉強ができる、聞き分けのいい子でいなくてはいけない。

そうすればお母さんは機嫌よくいられるんでしょ?

思春期にはそう理解し、自分に役割を課していました。本当はそうじゃないと今だからこそ言えますが、その時の子どもだった私には指摘してくれる大人も居らず、そうして適応して生きていくしかできませんでした。

周囲の顔色を伺う子どもはいつも周りを警戒している

今振り返れば、大人の何気ない一言で、1から10までとは言わないけれど、小さくても5くらいまでは理解していたんだなと思いました。

特に周りの空気に敏感で、顔色を伺って生きている子ならなおさらかもしれません。周りに敏感でいないと自分に危険が及ぶことがあるからそのように適応している場合があります。

そしてなぜいつも危険を意識していないといけないかというと、母親の気分次第で毎回正解が違うからです。それでも間違えたら叩かれる・暴言を吐かれるから自分を守るためにそうしています。

いつも一貫性がなく感情任せ。毎回矛盾だらけの理論を押し付けてくる母にはとても困っていました。母もその当時は誰かの顔色を伺って生きていたから一貫性なんてなかったのだと今は理解が出来ます。きっと近所の人、祖父母など周囲の人全てに警戒していたのでしょう。

惨めな子ども時代を送ったからこそ

私は自分が味わったその辛さを、子どもには味わわせたくありません。

そのためには私も誰の顔色も伺わず、今の自分を認めないと出来ないことだと思います。みっともなくても何でも、子どもと向き合って双方に、さらには周囲にもよい方法を選びたい。また子どもだから、どうせ分からないだろうからなんてぞんざいな扱いをしてはいけないと、自分を振り返って思います。

子どもであっても親の所有物ではなく1人の人間です。子どもでも自分を尊重してくれる人とそうでない人の区別はちゃんとついています。自分がそうすることで、きっといつか自分の子どもも相手を尊重できる子になると信じそうしていきたいです。

スポンサーリンク
PTSD子どもの頃のこと
スポンサーリンク
シェアする
Meisuiをフォローする
楪~yuzuriha~

コメント

タイトルとURLをコピーしました