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当事者は気付かない~加害者編~

PTSD
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当事者は気付かない。

それは、PTSDに遭っている人だけに限ったものではないのだと思います。

残念ながらその元凶ですら、自分が相手を苦しめた、迷惑をかけているなんて、少しも気づいちゃいません。私の実母、義母とも間違いなくそういうタイプの人です。

実際どんなものかというと、まず、義母さん。

ちょうど、娘の心のうちを聞いて、学校に何て言おうか考えあぐねていた週末に、

通常運転の義母が突然襲来・・・。来たよ、加害者その1。

良かれと思ってやっている

たとえどんな悩みがあっても、一番相談しちゃいけない人がやってきました。もし話したものなら、即座に学校にクレームの連絡を入れるか、もしくは「そんな嫌なところさぼってGOTO使って平日に旅行にいこう!気分転換よ~!(去年11月当時)」なんて言いそう。間違いない、きっとそうするぞ、この人。

で、何をしに来たのかと聞けば、材料を買ってきたからTVで観た柿プリンを作って欲しいだって・・・。

できるかい!!そんな気力ないわ!!

「作って来たからあげる」ならわかる。材料持ってきたから作って、ってどういうこと?

こっちは打ちひしがれてて、首も曲がらんのに、これから学校に娘の事をお願いする文章を書こうと思っているのに、しかももうすぐ娘の友達が遊びに来るのに、そんな暇ないわ!

「今週末忙しいんで、出来ないけど、せっかくだから材料だけもらう。」

そういって、お引き取り頂きました。なんだか「つまらない」とか「がっかりした」とか捨て台詞を言いながら帰って行った気がするけど、知らん。こっちは本気で疲れとんじゃ。

本当だったら義母さんには相談に乗ってほしいポジションだよ。それどころか足枷(あしかせ)。むしろ日々の疲れの元凶やろがい。

まだ同居してたら、問答無用にこんな時でも柿プリンを作らされる茶番に付き合わされてただろうな。学校の問題も筒抜けで、娘も学校さぼらされて旅行に付き合わされてたかもしれない。

考えただけでも恐ろしい。

そして加害者その2、実家の母。

そもそも悪いと思っていない

今では協力してくれることもあるけれど、子どもの頃からの私のPTSDを形成する結果になってしまった母。

決着がついてから、一通り娘の学校での出来事と、対処したことを電話で何気なく話した時のことでした。

「知らない間に私は自分そっくりにあの子を育ててしまっていて、ショックだった。」

と話したら、

「それでも、あんたも色々あったけど、今はどうにかなっているからいいじゃない。別にあの子がアンタそっくりの性格でも何の問題もないでしょうに。」

多分母は慰めのつもりで言ったんだと思います。でもそれは何もなかった親子であれば成立する会話だと思いますが、少なくとも私はその慰めに不快感を覚えてしまいました。

確かに一見どうにかなってるよ。だってそれは、取り繕ってどうにかなっているように見せているからね。でも、

ただ取り繕うだけでは、どうにも拭えない生きづらさがいくつになっても残ります。

そう思って母には

「でも今でも私は生きづらいと思っているよ。私はそういう中で生きていくしかなかっただけで。でも私が気付いたのなら、できることなら、そんな同じ思いや苦労は味わわせなくてもよくない?」

当事者本人に、思いのたけを吐露できることが重要なので、きっとこれは伝えるべきことだったのでしょう。その時の母は「ふーん、そんなものかねえ?」なんて言っていましたが、後日今まで送られてきたことなんてない、お歳暮のハムが母から届きました。母なりに考えた詫びのつもりだったのでしょうか。

まず、母が「すまなかった」「ごめんなさい」なんて言葉にすることはありません。

おそらく自分の育て方はその時はそうするしかなった、仕方なかった、だから間違っていないと思っていて、「ほら、だから娘は今どうにかちゃんとなってるし!」と、自分の行いを正当化したいのかも知れません。

このように、当事者(元凶)は残念ながら指摘されてもなかなか認めませんし、そもそも気づいてすらいないのです。そしてもっと悲しいことに助けてもらいたくても、他人事ということだって多々あります。

でもそれはお互い様。

解らせようと必死になってはいけない

実母が肝炎で、義母が心筋梗塞で苦しんでいる時に、私は呑気に子どもと何処かに出かけていたり、友達と遊びに行ったりしていることだってあるし、娘に対して気づいてあげられなかったように、知らないところで自分が加害者なってしまうことだってあるんだと思います。

だから、私はちょっとしたせっかくの気づきを、いつも通りの「まあいいか」ではなく、ちょっと見かたを変えて、考え方を変えて、自分を少しずつ変えていくしかないのです。

母には30年以上、義母には別居してからここ2~3年、ずっと自分の気持ちを吐露し続けていますが、残念ながらあまり状況は変わりません。身をもって知りました。

最近は本人に向かって気持ちを吐露することは大切ですが、「相手をわからせる事」に重点を置かないようにしています。そこに重点を置いてしまうと、怒りや悲しみが消えることはないと知ってしまったからです。

自分の気持ちを吐き出すことで、自分の考え方が間違いではない事、自分はダメではないと思える練習をしているということに重点を置き、それが出来たという事実を受け入れ、自分が少しでも好きになれるようにしていきたいと思います。

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